<ストーリー>
宇宙から地球へ隕石と一緒に落ちて来たフルーツちゃん。
青年ハルの力を借りて宇宙へ戻る方法を模索する。
スペースシャトルを購入するため、手のひらサイズのアイドルとなり資金を集めることになる。
-出版情報-
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第2話 To the moon
絶叫した僕は、ビニールハウスの外へ飛び出した。
心臓はドラムのように暴れ、足は勝手に入口の前を行ったり来たり。潮の匂いの混じる朝の空気が、胸に痛いほど沁みる。
「落ち着け……一体あれは何だ。人形……?」
さっき目にした光景が、頭から離れない。
ビニールハウスの奥、作業台の上に並んだいちごのパック。そのプラスチック容器に――小さな影が横たわっていた。
赤い果実を模した頭、丸い頬、指先まで精巧に形づくられた手足。まるでぬいぐるみのように愛らしく、それでいて人形にしてはあまりに精緻すぎる。
そして何より、その胸がわずかに上下していたのだ。しかも一体だけではなかった。
――いや、違う。
呼吸をしていた? 本当に? 見間違いだ。疲れすぎて、果物が人形に見えただけ……あるいは、誰かがイタズラで人形を置いた?
頭の中で言い訳を次々と並べ立て、必死に自分を納得させようとする。
「……戻って、確かめよう」
深呼吸をひとつ。僕はもう一度ビニールハウスの中に足を踏み入れた。
そこにいたのは――小さな人型の「果物」たち。
ピンクや赤や緑の、見覚えのある色合い。つぶらな瞳が、確かにこちらを見て、手を振っている。
「……どう冷静に見ても、幻覚じゃない。人形でもない。動くおもちゃ? ロボット? いや、あんな精密な……」
映画で見た“おもちゃが動き出す”ってやつ。そんなこと、あるわけ――
脳内で言葉が一周して、突然ひらめきが弾けた。
「まさか、僕の品種改良が奇跡を――!? 昨日の実験、九二一番! 味の改良だけじゃなく、人型の果物を生み出してしまった? 人類史を変える発明、ノーベル賞……!」
口から勝手に笑いが漏れる。
「ハッ、ハッ、ハハハハ――」
僕の暴走を、彼女たちはきょとんと見つめていた。
まるでふつうの果物に戻ってしまったかのような無垢な表情で。
ペットボトル程の小さな彼女たちは一斉に大きな声を出した。
「わぁー!」
最初に声をあげたのは赤いベレー帽の子――りんごだ。
「すごーい、声が出たー!」
ふわふわピンクのワンピースの――いちごが続く。
「なんだか、気持ちが音になるって素敵です」
頭に桃のボンボンを2つ着けた子――ももは、言葉を味わうように首をかしげた。
「人間って、こうやってコミュニケーションとるんだ。ちょっと時間がかかるけど、おもしろい! グワーォー」
黙って僕を見上げるのは、濃い緑と黒のストライプヘア――すいか。無言でじっと見つめてくる。
「……うぉ、話したー!」
ようやく現実に追いついた僕は、胸の鼓動を押さえ込み、彼女たちの言葉に耳を傾けた。
どこから来て、何が起きたのか――その夜明け前のハウスで、彼女たちはぽつぽつと語りだした。
要約すると、こうだ。
彼女たちは僕の発明なんかじゃない。遠い宇宙から隕石と一緒に飛来した“情報”――DNAのような記録が、この島の果物に偶然触れて“身体”を得たのだという。
そして人類の協力を得るため、僕らに馴染みのある「人間の姿」を参考に、コミュニケーションしやすい形へと自分を組み上げた。
「この見た目は、私たちが知っている人間のイメージをもとにして作ったの。惑星に帰るには、人類の協力が不可欠だから」
ももが胸に手を当てる。声は柔らかいが、言葉ははっきりしている。
いちごが僕の膝半分あたりまでの背丈で見上げ、目を丸くした。
「人間って大きいんですね。ちょっとサイズ、間違えちゃったみたいです」
「子どもってことにすれば大丈夫でしょ?」
りんごは満面の笑みで言う。
「いや、こんなに小さい子は地球にはいないから」
僕は苦笑しながら、地球の常識を伝える。
「赤ちゃんでも?」
「君たちのほうが小さいし、赤ちゃんは話せないよ」
「私たちは卵の中でも親と意思疎通できるよ」
「きっと私たちより、人類のほうが学習の速度が遅いんだ」
「人類は宇宙を飛ぶ技術があるって聞いたけど……本当に大丈夫かな」
小さな宇宙人たちは輪になって、ちいさな手を動かしながら議論を始める。
「大丈夫! もしなかったら、私たちで勉強して帰る方法を作ろう」
「うん、うん、そうしよう」
「Everything is all right!」
英語までスラスラ出てくるのを見て、思わずつぶやく。
「……人間よりハイスペックかもしれない」
それからの数時間は、嵐のようだった。
彼女たちは僕のスマホやノートPCを使い、ネットの海から情報をかき集める。ホワイトボードには数式や図、キーワードがびっしり。手のひらサイズの彼女たちが、体の数倍もあるマーカーを両手で抱えて書くたび、ぎこちない線が愛おしい。
まずは「どこへ帰るのか」。
「人類のデータベースを調べたけど、私たちの惑星はまだ観測されていないみたい」
りんごが紙で作った地球と月の模型を並べ、月を指す。
「残念だけど座標は特定できなかった。でも、月にさえ到達できれば、帰還のルートに乗れる」
「なんで月?」
「人類には知られていない“秘密”が、月にはあるの」
次に「どうやって行くのか」。
ホワイトボードの前で、ももが模型ロケットを掲げる。
「帰還手段は――スペースシャトル級の宇宙船。目的地は月。確実に到達するためには、OV-105より新しい技術の機体が望ましい」
そして、もっとも重いテーマ。「いくらかかるのか」。
「購入費用の推定は――五百億円」
いちごがプリントをめくり、さらっと言った。
「五百億……? 五百万円だって大金なのに、そんな大金どうやって」
すいかはロケットの模型に腰を下ろし、じっと僕を見上げて言った。
「それはな、仕事をするんだよ。地球は資本主義。欲しいものがあれば稼いで買う――そうだろ、人間くん」
「は、はい! おっしゃるとおりでございます、すいかの宇宙人さま!」
ももが指先を顎に当てて、淡々と続ける。
「時間はかかる。けれど“資金調達の手段”さえ決めて突破できれば、宇宙へは帰還できる」
「お金を稼ぐ方法か……。とりあえず店で働くのは? でも、それだと稼げる金額はたかが知れてるよな」
すいかが指を折って計算を始めた。
「一般のパートの場合、仮に時給1000円で計算する。24時間働きっぱなし、全額貯蓄できると仮定しよう。1人が500億円を貯めるには――5000万時間の労働が必要になる。それは2083333日=69444ヶ月。つまり、5787年、働くことになる」
「……人間の寿命、置いてけぼりだな」
りんごが首をかしげる。
「100億単位を稼ぐなら、パートや会社員じゃ達成できない。だから“事業”も考えたの。この島は農業に適してるから、農業で大きく成功すれば年間数億円はいける。でも――それでも500億円を貯めるには時間がかかりすぎるの」
いちごがタブレットを見せる。
「“一獲千金”で調べていたら、海賊とか強盗って言葉が出てきました。けど、これは……」
「それだ!」
反射で叫んでしまい、僕は勢いのまま両手を振る。
「みんな小さいから、どこの銀行にも入り込め――」
「それ、やっていいことなの?」
りんごのひとことに、僕は正気に戻った。
「……すみません。やっちゃダメです」
それでも議論は続く。地球で稼ぐ手段――合法的で、時間を短縮できて、そして彼女たちの能力を最大限に生かせるものを。
やがて、スマートフォンの画面の中で、まぶしいステージライトが弾けた。コンサート映像、波のように揺れるペンライト、会場いっぱいの歓声。
「これだ!」
四人は同時に叫んだ。ネットで顔と声とダンスを届ける――映像の中で生きる、新しいかたちのアイドル。
「私たちの適性……100%オーバーだ!」
小さな宇宙人たちは、これこそ自分たちの道だと確信した。
一晩中かけて続いた、ビニールハウスでの作戦会議はそこで一区切りついた。外に出ると、ひんやりした朝の匂い。気づけば夜は明け、遠景がオレンジににじみ始めている。
何もない畦道を、僕と四人の小さな宇宙人が並んで歩く。
「まずは、いろいろと地球のことを知っていかないとな」
そう言うと、彼女たちは小さな拳を突き出した。僕も拳を作り、そっと合わせる。長く伸びた影が、柔らかい朝日に重なった。
――こうして、僕と彼女たちの物語が始まった。
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